特別活動(男女ペーロン部)
男子ペーロン部
主な実績
- 平成22年度
- 長崎県ペーロン選手権大会 準決勝戦敗退
- 平成21年度
- 長崎県ペーロン選手権大会 準決勝戦敗退
- 平成20年度
- 長崎県ペーロン選手権大会 準決勝戦敗退
- 平成19年度
- 長崎県ペーロン選手権大会 決勝戦進出6位
- 平成18年度
- 全国ペーロン選手権大会 予選敗退(長崎さるく博'06記念)
- 平成17年度
- 長崎県ペーロン選手権大会 準決勝戦敗退
- 平成16年度
- 長崎県ペーロン選手権大会 予戦敗退
女子ペーロン部
主な実績
- 平成22年度
- 長崎県ペーロン選手権大会 ターンブイ不通過による失格 着順なし
- 平成21年度
- 長崎県ペーロン選手権大会 総合4位
- 平成20年度
- 長崎県ペーロン選手権大会 総合準優勝
- 平成19年度
- 長崎県ペーロン選手権大会 総合3位
- 平成18年度
- 全国ペーロン選手権大会 総合4位(長崎さるく博'06記念)
- 平成17年度
- 長崎県ペーロン選手権大会 総合7位
- 平成16年度
- 長崎県ペーロン選手権大会 総合8位
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長崎ペーロン大会のおこり
長崎港でペーロン競漕が行われたのは、明暦元年(1655)のことで長崎港に碇泊中の唐船が暴風雨に襲われて難破し、多くの溺死者を出しました。在留の唐人たちが、海神の怒りを鎮めようと端舟(はしけ)を借り集めて、長崎港で競漕したことがはじまりと云われています。往時、旧暦5月端午の節句に行われていましたが、競漕に熱中する余り、各種の喧嘩沙汰を引き起したため、長崎奉行は、たびたび禁止令を出しました。 その後、長崎地方では、大漁祈願のためにするもの、竜神まつりと称するもの、“足あらい”と称して田植の済んだ後に行うもの、いろいろですが、現在は6月初めから8月中旬頃まで各地、各町内で実施されており、7月最終日曜には長崎ペーロン選手権大会が長崎港で行われ、各地区の選抜チームが覇を競います。 なお、近年は、中国、兵庫県相生市との親善交流も行われています。
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長崎ペーロンの由来
長崎港でペーロン競漕が行われたのは、明暦元年(1655)のことで長崎港に碇泊中の唐船が暴風雨に襲われて難破し、多くの溺死者を出しました。在留の唐人たちが、海神の怒りを鎮めようと端舟(はしけ)を借り集めて、長崎港で競漕したことがはじまりと云われています。往時、旧暦5月端午の節句に行われていましたが、競漕に熱中する余り、各種の喧嘩沙汰を引き起したため、長崎奉行は、たびたび禁止令を出しました。 その後、長崎地方では、大漁祈願のためにするもの、竜神まつりと称するもの、“足あらい”と称して田植の済んだ後に行うもの、いろいろですが、現在は6月初めから8月中旬頃まで各地、各町内で実施されており、7月最終日曜には長崎ペーロン選手権大会が長崎港で行われ、各地区の選抜チームが覇を競います。 なお、近年は、中国、兵庫県相生市との親善交流も行われています。

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本校におけるペーロン演義
「こころ医療福祉専門学校(旧校名:日本福祉整体学院)」のペーロン選手権大会への出場は、平成21年度にて8年目を迎えることになりますが、なぜ、本校がペーロン大会に出場しているのか?知る人は少ない。
ここには、野母崎町出身の理事長(岩永守弘)の想いがあったのです。
野母崎町といえば、長崎ペーロンの発祥の地といわれている(定かではない)位、ペーロンが盛んな地区で、毎年県大会でも上位の成績を収めております。理事長はこの野母崎町野母地区で、舳先(へさき、はっさき)を務めるほどの実力でした。
その理事長が、当初、
「せっかく長崎に居るのだから、学生にペーロンの体験をさせたい。ペーロンを皆で漕ぐことによって、気力・体力がつき、地域社会と交流することで、礼儀やマナーなども身につけたい。」
「学生同士が皆で一緒になって、苦しい中でがんばることで、一体感を生み、この経験を将来に活かしてほしい。」
という想いから、課外活動として取り組みました。学生への教育、レクリエーション活動、地域交流の一環として、参加したのです。
その後、学生数増加に伴い、また年々、好タイム・好成績を残せるようになってきており、いまでは夏季限定特別の部活動として、男子・女子それぞれ1チームずつが参加しているのです。
練習は、当初より神ノ島第一地区にお世話になっております。
今年も5月頃から「よ~いさ~」の声が響き渡ることでしょう。 -
過去の戦績
こちらをご覧ください。
http://www.at-nagasaki.jp/nitca/peron/index0520.html -
リンク
社団法人 長崎国際観光コンベンション協会
http://www.at-nagasaki.jp/nitca



